植物の不思議
私たちが暮らすこの地球は緑に満ちています。しかし日常の風景として見過ごされがちな植物がいかに驚くべき能力と数々の奇妙な逸話を持っているかをご存知でしょうか?
植物はただ光合成を行うだけの存在ではありません。植物はコミュニケーションをとり、記憶を持ち、そして時には人類の歴史そのものを動かしてきた静かなる生命体です。

セントラル・ネットワーク:植物のインターネット
近年科学者たちは「ウッド・ワイド・ウェブ(Wood Wide Web)」と呼ばれる現象に注目しています。これは森林の土壌の下に広がる菌類のネットワークのことです。樹木はこの菌糸体を介して栄養分や水分を分け合い、さらには警報の化学信号を送り合っていることが分かっています。
例ある木が昆虫に襲われた際、放出された化学物質は菌糸体を通じて木々に伝達されます。信号を受け取った木々はまだ襲われていないにも関わらず防御のための毒性物質の生産を開始します。
これはまるで森全体が一体となった巨大な生命体のように振る舞っている証拠であり集団知性の一例と言えます。
特に親子関係にある木や同じ種族の木では積極的に栄養交換が行われます。日当たりの悪い場所に生えた若木に成熟した母樹が糖分を送る様子は、植物の世界にも利他主義や保護の概念が存在することを示唆しています。この地下のネットワークは人類のインターネットに勝るとも劣らない複雑で効率的な情報伝達システムです。
驚異の長寿
動物の寿命が数十~数百年に限られるのに対し植物の中には途方もない時間を生きるものが存在します。地球上で最も古いとされる生物の一つはスウェーデンで見つかったヨーロッパトウヒのクローン「Old Tjikko」で、その根系の歴史は9,550年にも及びます。
さらに驚くべきは米国のカリフォルニア州に生育するブリストルコーンパイン(イガゴヨウマツ)です。実生の木である「メトセラ」は推定樹齢が4,800年以上とされ、人類の文明の歴史のほとんどを見届けてきたことになります。その成長は極めて遅く一年間にわずかしか伸びませんがそれゆえに密度が高く強靭な木材を生成します。
長寿の秘訣は体細胞の分裂を無制限に続けられる能力、そして厳しい環境下で無駄な成長を極力抑える生命戦略にあると言われています。それらの木々は生命の粘り強さとは何かを教えてくれます。

巧妙な戦略
植物は移動できませんがその代わり化学的な防御と攻撃に長けています。植物は敵となる動物や昆虫から身を守るため巧妙な戦略を用います。
例えばトウモロコシは自身の葉を食べるイモムシから身を守るために「助けを呼ぶ」揮発性化学物質を空気中に放出します。この匂いはイモムシの天敵である寄生バチを引き寄せます。寄生バチはイモムシに卵を産み付け結果的にトウモロコシは食害から解放されます。植物が他の生物を巧みに利用する「第三者の介入」戦略です。
またラン科の植物の中には受粉を助ける昆虫を「だます」ものが存在します。ある種のランはメスの昆虫に似た形と匂いを放ちオスを誘引します。騙されて交尾を試みたオスは花粉を体に付着させられ別のランへとそれを運びます。エネルギーを費やして蜜を生産する代わりに、視覚と嗅覚を欺くことで受粉を達成する驚くほど効率的で少し皮肉な戦略です。

人類史を動かす植物の力
植物の力が人類の歴史に決定的な影響を与えた逸話もあります。ジャガイモの疫病菌は19世紀半ば、アイルランドの飢饉を引き起こし大規模な移民の引き金となりました。単一の食料源に過度に依存した社会の脆弱性を露呈させた歴史的な出来事です。
またゴムノキは、産業革命後半から20世紀にかけて国際政治で重要な役割を果たしました。天然ゴムは自動車産業に不可欠であり、ゴム生産地をめぐる争いはコンゴや東南アジアの植民地支配のあり方を大きく左右しました。
そしてコーヒーノキ。その豆がもたらす作用はヨーロッパの啓蒙時代における知的な議論を活性化させカフェという社交場を通じて情報交換の場を提供しました。世界を変えるアイデアの多くはこの小さな植物の果実によって支えられてきたと言えます。
植物はただそこに立っているだけの存在ではありません。複雑なコミュニケーションネットワークを持ち驚異的な生命力を秘め、そして生態系の中を巧妙に生き抜くための戦略を絶えず実行しています。
植物の静かなたたずまいの裏には私たちがまだ知らない、途方もなく奥深い生命のドラマが息づいています。

